140万年前の地球のドラマに思いを馳せる~地質地形勉強会

地質・地形勉強会を実施した。今年春先から入会されている会員の「地質博士」によるものだ。「七国山 周りの地形はどうなっているか・地下はどうなっているか」とのA4資料二枚を用意して頂いた。その資料によるとポイントは①多摩丘陵の地形、②丘陵内河川の鶴見川の特徴、③谷戸の地形と土地利用 見学のルートは旧汎蒼庵門前⇒分水嶺⇒、薬師堂、⇒日ノ出町の崖、⇒薬師池の地層のルートでそこで3時なら解散とのことでスタートした。


画像


◆七国山からは東側、南東はよく見えるのは何故。
新宿高層ビル群や東京スカイツリー、或いは横浜ランドマークタワーなど比較的よく見える。東側や南東は見下ろすから見易く開けている、他方向はは見上げる形になるから見にくい。

これを配付資料図4の等高図で確認した。東、南は七国山の120m等高線は走っていない。
逆に北及び西は120mより高くなっていることが一目了然で納得。

等高線の見方に慣れていない方が多いらしい。相模野段丘の150mについて同じ質問をする方が相次ぎ、また、断崖の部分を断層と見る方も多い。相模川が流れていた地域とそうでなかった地域との単なる段差である崖線のことである。相模川の崖という訳でもない。果ては分水嶺かと言う方まで現れて「家に帰って勉強して下さい」で次へ移動。

等高線図を見てイメージするのも楽しいものだ。中学時代担任の社会科先生の指導で、等高線を切り取り、貼り、高さ毎に色を塗り、地図を作製したことを思い出した。等高線図を見て地形をイメージする楽しさを久しぶりに味わった。


◆鶴見川と恩田川の分水嶺
今月の第一土曜日の自然観察会の後半に七国山緑地保全地域から出て、薬師池西公園予定地を同公園考える会員の方に案内頂いた折に、会長が特別にこの分水嶺にて説明した場所でもある。つい最近10/4世界ジオパークに認定されたという「山陰ジオパーク」について調べたばかりだったが、今回の地質博士さんは「各地でジオパークの話があるが、ここも残して欲しい地形である」とのことで一部に拍手が沸いた。

鶴見川と恩田川の両サイドのスロープの角度の違いにスポットを当て、何故こうなったのかとの説明も、その様な観点で地形を見ていなかったので、興味深く聴講できた。つまり鶴見川の水量が多く、その分水流による地面の浸食が激しいからというもの。

◆140万年前の地層、化石
町田リス園裏、崖。白っぱい岩肌に丸い貝の化石が確認できた。これは「イズモノアシタガイ」で140万年前から生息し100万年前には絶滅した種とのことだ。上総層群とは、第三紀鮮新世~第四紀更新世古期までの一連の海成層で、砂岩、泥岩及び凝灰質砂礫等からなり、多摩地域では、厚さは1000mを越える。多摩川以南の多摩丘陵や房総半島方面では広く地表に露出している。高層ビル建設の場合はこの地層の上に建てるという基盤になる地層ということだ。140万年前の壮大な地球上で繰り広げられたドラマを1万年100万年スパンでイメージしてみるのも楽しいことだ。

画像


◆広袴タフ
泥岩の層に横に伸びる薄い層が三枚確認できた。火山灰で、伊豆諸島の海底火山の爆発によるものではないかとのことだ。白いつぶつぶは火山灰の堆積層。火山ガラスが地表に出た時に弾ける。他の地域で同じものが発見できれば、更に展開できる。鶴川撓曲(とうきょく)で地層がガラリ変化している。七国山は鶴川層で、鶴見川より北は連光寺層で砂っぽい。ここにも連光寺層にも同じ火山灰層があり、これを「広袴タフ」というそうだ。鶴見川河底によく見られる泥岩も連光寺層とのことだ。

画像


下写真は海生生物が動いたとの説。化石として扱われているそうな。

画像


ここで、小雨があたりだし「雨なら中止」とばかりに挨拶して数名が退散されてしまい、お流れとなってしまった。しかし幸か不幸か、雨は本降りへと進まず、数名が予定の薬師池公園へ向った。

◆薬師池
公園へ入ったが、そこにある水車を回すために、その水はポンプで上げているとのことで、がっかりだ。薬師池と鎌倉街道との間の崖に現れている地層は風化してすぐ崩れそうだ。

画像


地層が何枚もクロワッサンの様に重なって見える。同じ連光寺層だとのことだ。その上の層は関東ローム層ではないかとの指摘に対して、博士は色が黒く腐葉土化しているから違うとのことだ。七国山の湧水地の上は3万年前の「立川ローム層」とのこと。火山灰が不透水層となるのは稀とのことで、会長の見解と違ってきている。

画像


◆地盤沈下観測所
火山灰は水に当ると堅くなる。黒く堅い地層を形成し、水を通しにくくなる。100mと190mボーリングしているとのことだ。

画像


◆次回観察場所など
「地質博士」によると、つぎの地層地形見学会は鶴見川で、七国山を下りたあたりである「都営山崎団地」あたりへ行きたい。最も近くGSでも実施した丸山橋近辺でも泥岩の観察はできるが、そこに含まれる化石が年代を知る為に重要とのことで、化石が多いのは少し上流の山崎団地あたりとのことだ。「茸博士」もいるので茸の勉強会も実施したいものだ。

◆最後に七国山自然を考える会創立三十周年記念誌から
1000万年~120万年前
「町田市の西端の高尾山麓大戸付近まで浅海で、その海底に浸食された土砂が堆積した。これが多摩丘陵の基盤の地層であり、上総層群と呼ばれている。その後堆積層の上に隆起する地殻運動が起こった。こうして現在の多摩丘陵地域の陸化が始まった。現在の基盤のちそうに緩い褶曲がみられるのはこのためである。

約50万年~1万年前
二つの段丘面に区分される。多摩Ⅰ面(町田と登戸を結ぶ線より北西)は古相模川による堆積した河成面で町田市はこの区域にあたる。多摩Ⅱ面(町田登戸線の南)はオシ沼砂礫層で海成面の発達によりできた堆積面で、町田市では境川、鶴見川、恩田川により御殿峠礫層と上総層群が浸食され、開析谷が形成され、その後多摩川によって武蔵野が、相模川によって相模野台地が形成され、現在の地形の基本が完成した。これらの陸地面に古富士山の大爆発により大量の火山灰が降り、関東ローム層上部の赤土を形成している。この層は4つの層に分類され、谷戸や開析谷の低地を除く地表面に存在し、厚さ5~15mに堆積している。

下写真は帰路見られたリス園隣「はにわ公園」の紅葉が美しい
画像


出席(上、海、大、金、佐、渋、清、土、肥、当、松、三、宮、向、脇)

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック